Vol.3 No.2

キマダラカメムシの飛翔能力と分布拡大について

Vol.3 No.2
研究要旨

 キマダラカメムシErthesina fullo (Thunberg, 1783)(半翅目:カメムシ科)は,オランダ商館付きだった医師Thunberg(1783)によって,長崎市の標本に基づき新種として記載された。本種は日本在来ではなく,江戸期唯一の海外貿易港であった長崎に,中国船あるいはオランダ船によって移入された外来生物である(石川ら2012;安永2020;Kment et al. 2023)。侵入した時期は明確ではないが,少なくとも記載者のThunberg が長崎に滞在していた1775 年以前であることは間違いない。それから2 世紀半以上もの間,キマダラカメムシの生息域(繁殖可能範囲)はほとんど広がらず,1980 年代までは長崎県本土(および五島市福江島),佐賀県,福岡県下から報告されているにすぎなかった(安永ら1989)。ところが,今世紀に入って急速に分布を拡大し,現在は関東まで定着するようになっている(日本昆虫学会2016;安永ら2018)。

 最近のいくつかの報文(安永2020;Kment et al. 2023)では,キマダラカメムシの今世紀における急激な分布域拡大の要因として,地球温暖化と交通インフラの発達が示唆されている。本種は東南アジアか中国南部起源で,おそらく来航数の多かった唐船(Table 1)によって,マカオあたりから運ばれたらしい。長崎に侵入した当時(江戸時代初~中期,cf. Fig. 2),現代のような温暖化はなかったはずであり,成虫が家屋など人工物に侵入することで冬の寒さをしのいでいたと推察される(cf. Figs. 3–4)。江戸期を通じ唯一の海外貿易港であった長崎の街は,江戸や京阪に劣らず繁華で,越冬場所がふんだんに存在した一方,市街を一歩はずれると鄙びた村落が点在するばかりだった比較的近世まで,本種の生息域拡大は難しかったと考えられる。

 本研究では,キマダラカメムシが長崎に定着後,250 年以上経過してから急速に分布拡大した理由を検証するため,その飛翔能力について調査を行った。その結果,本種は飛翔力に乏しく,自力で長距離を移動する可能性は低いことが明らかになり,交通網に便乗した人為的伝播で生息域を広げていることが改めて示唆されたので報告する。

著者

吉川 颯真・山口 優介・五島 凜之介・安永 智秀・長嶋 哲也・山里 秋桜美

Title

Flight ability and dispersal pattern of an alien stinkbug, Erthesina fullo (Insecta: Heteroptera: Pentatomidae)

Abstract

The ability of flight in yellow-spotted stinkbug, Erthesina fullo (Thunberg, 1783) (Heteroptera: Pentatomidae), indigenous to subtropical and tropical zones in eastern Asia, was evaluated, based on measuring the flight duration, velocity and distance. This stinkbug is assumed to have been introduced to Nagasaki, Japan, before the 18th century and has rapidly expanded its distribution northeast to Kanto area in the present century. The modern rapid dispersal pattern of this thermophilic bug is most probably due to development of traffic infrastructure and global warming. Our attempt verified that this alien bug cannot take flight for long duration and distance, suggesting that the migration of E. fullo predominantly depends upon hitch-hiking, or utilizing vehicles.

Author

Yoshikawa S., Yamaguchi Y., Goto R., Yasunaga T., Nagashima T. & Yamazato A.