Vol.3 No.2

カイミジンコに関する行動学的研究 (1) ― イボオヨギカイミジンコの走性の変化に対する分析法の検討

Vol.3 No.2
研究要旨

 プランクトンの光刺激に対する走性は,生態学的に重要な行動である日周鉛直移動(Diel vertical migration: DVM)の主要な要因のひとつとされている(Ringelberg 1999)。ミジンコ亜綱では,例えばオオミジンコ Daphnia magna (Straus, 1820)(タマミジンコ科 Moinidae)が紫外線(260–380 nm)に対して負の光走性を示し,可視光(420–600 nm)に対して正の光走性を示すことが知られている(Storz & Paul 1998)。また,タマミジンコ Moina macrocopa は白色光に対しては正の光走性を示す一方,青色から藍色にかけての光では負の光走性を示すことが報告されている(森1935)。これらの結果は,波長依存的な光走性が捕食回避や採餌効率といった適応的行動に結びついていることを示唆している。

 一方で,DVM は単に光走性だけでなく,重力走性との相互作用によっても実現されることが知られている。多くのプランクトンは,光の有無や波長条件に応じて重力に対する定位行動を変化させ,それによって水柱内での鉛直分布範囲を調整しているとされる(Ringelberg 1999)。したがって,光走性だけを評価しても,実際の環境下における垂直移動のメカニズムを十分に説明することはできない。光走性と重力走性を同時に測定することで,波長による行動応答が「水平方向への移動」だけでなく「鉛直方向の定位」にどのように関わるかを明らかにできると考えた。

 しかし,カイミジンコ類(カイムシ亜綱Ostracoda)における波長依存的な光走性および重力走性については,まだ詳細は明らかにされていない。著者らは2024 年から,太陽光を分光して得られる連続スペクトルを7 つの波長域に分け,それぞれの波長域におけるイボオヨギカイミジンコPhysocypria nipponica Okubo の光走性および重力走性を定量化する実験を行った。この手法により,上記のミジンコ亜綱で得られてきた知見をカイムシ亜綱に拡張し,両者の比較を通じて DVM における波長依存性の生態的意義を検証する。本研究は,波長ごとの行動特性を明らかにすることで,小型甲殻類の鉛直移動戦略の理解への新たな視点を提供するものである。

著者

水﨑 晨陽・田川 源太郎・長嶋 哲也

Title

Study on behavior of ostracods (1) — Analysis methodology against phototaxis and geotaxis in a Japanese ostracod, Physocypria nipponica (Crustacea: Ostracoda)

Abstract

Phototactic and geotactic responses of a Japanese ostracod, Physocypria nipponica Okubo, 1990 (Ostracoda: Podocopida: Cyclocyprididae) were investigated, with trials to develop experimental apparatus and methodology. Our observations suggested that the direction and magnitude of these responses evidently varied by the wavelength of light.

Author

Asahi Mizusaki, Gentaro Tagawa & Tetsuya Nagashima